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16人のバス(バリトン)による「第9」 ベートーヴェンの交響曲第9番は、第4楽章にシラーの詩「歓喜に寄す」による独唱と合唱付きの交響曲である。その第4楽甜は「崩壊の動機」とよばれる激しい和音ではじまり、つづいてチェロとコントラバスによる新しい歓喜に満ちた世界をつくろうというレチタティーヴォとなり、第1-3楽章の主題が回想風に再現するが、いずれもレチタティーヴォによって否定された後、はじめチェロとコントラバスが静かに提示する崇嵩な「歓喜の主題」を繰り返しながら次第に盛り上がる。その項点で冒頭の「崩壊の動機」が再現した後、バリトン独唱が立ち上がり「おお、友よ、このような音ではない」とうたい、つづいてバリトン独唱が合唱を先琳して「歓喜の主題」を高らかにうたうのである。 この交響曲ではじめて声楽が登場するバリトン独唱のレチタティーヴォ「おお、友よ」の歌詞は、シラーではなくベートーヴェンの自作だが、ここは歌手にとっても最も緊張する部分である。それまでまったく声を出さずにいた歌手が、いきなりフル・ヴォイスでうたうレチタティーヴォだから、どんなに経験豊かな歌手でも緊張するのが当然である。歌手によってははじめにチェロとコントラバスが提示するとき、ひそかにハミングなどで声慣らしをすることもあるようだが、「崩壊の動機」が再現した一瞬の静寂の後に「おお、友よ」とうたいだすとき、聴衆の期待と興奮もそれまで以上に高まるのだから歌手のプレッシャーも想像以上に高いのである。 このCDは、過去半世紀以上に及ぶ全曲録音から16人のバリトン(またはバス)歌手によるレチタティーヴォを抜き出したものである。戦前のSP時代に決定的名盤といわれた1935年録音のワインガルトナー盤から1994年録音のギーレン盤までがほボ録音年代順に収録されているので、それぞれの独唱者たちの個性と演奏スタイルの変遷なども知ることができる。豊富な原盤を誇るEMIならではの企画でもあるが、以下に16人の名歌手たちのプロフィールを簡単に紹介しよう。 浅里公三(1998) |
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1. RICHARD MAYR (Baritone) Luise Helletsgruber (Soprano) Rosette Anday (Alto) Georg Maikl (Tenor) Vienna State Opera Chorus Vienna Philharmonic Orchestra cond. by Felix Weingartner (Recorded: February 1935) リヒャルト・マイール (1877-1935) ザルツブルク近郊のヘンドルフに生まれ、ウィーンではじめ医学を学んでいたマイールは、彼のオペラ歌手としての天性の才能を認めたマーラーのすすめでウィーン音楽院で声楽を学び、1902年にバイロイト音楽祭でデビューした。マーラーはすぐにマイールをウィーン国立歌劇場に迎え、音楽的才能と稀に見る演技力を伸ばす機会を与えたといわれる。マイールはその後、1935年に亡くなるまでウィーンを中心に活躍した名歌手で、モーツァルトのオペラでは『魔笛』のザラストロのほかフィガロや『ドン・ジョヴァンニ』のレポレロに代表される喜劇的な役柄も得意にした。またワーグナーの『指環』のヴォータン、『パルジファル』のグルネマンツなども有名だが、とくにR. シュトラウスがウィーン初演に起用した『ばらの騎士』のオックス男爵役は完璧で理想的な歌手といわれたが、この『第9』録音の10ヶ月後、1935年12月にウィーンで亡くなった。 |
2. RUDOLF WATZKE (Bass) Erna Berger (Soprano) Gertrude Pitzinger (Alto) Walther Ludwig (Tenor) The Philharmonic Chorus Berlin Philharmonic Orchestra cond. by Wilhelm Furtwängler (Recorded: May 1937, Live) ルドルフ・ヴァッケ (1892-1972) ボヘミアのニーメスに生まれ、ドイツのヴッバタルで亡くなったヴァッケは、オペラより主にコンサートとリート歌手として活躍したバス歌手である。バイロイトでカール・キッテル、ベルリンでゲオルク・アルミンに学ビ、1923年にカールスルーエでデビューした。1924年から28年までベルリン国立歌劇場のメンバーとして活躍し、バイロイト音楽祭にも出演しているが、その後はオラトリオの独唱者及びリート・リサイタルで活躍、ドルトムント音楽院の教授をつとめ、戦後もヴッバタルを中心に活躍した。『第9』の録音は、フルトヴェングラーの1937年のロンドンでのライヴとヨッフムのSP、戦後のヴァント盤などもある。 |
3. JOSEF HERRMANN (Baritone) Margarete Teschemacher (Soprano) Elisabeth Höngen (Alto) Torsten Ralf (Tenor) Chor der Staatsoper Dresden Sächsische Staatskopelle cond. by Karl Böhm (Recorded: May 1941) ヨーゼフ・ヘルマン (1903-1955) ドイツのダルムシュタットに生まれ、ヒルデスハイムで亡くなったバリトン。ダルムシュタット音楽院で学び、1925年からドイツ各地の歌劇場で活躍し、1939年から45年までカール・ベームが音楽監督をつとめるドレスデン国立歌劇場を代表するヘルデン・バリトンとして名声を高め、戦後は1945年から亡くなるまでベルリン市立歌劇場を中心に活躍した。第2次大戦中に全盛期を迎えたため録音は少ないが、当時最高のワーグナー歌手としてミラノ・スカラ座やパリ・オペラ座にも出演し、1952年にはザルッブルク音楽祭でベルクの『ヴォツェック』のタイトル・ロールをベームの指揮でうたっている。 |
4. HANS HOTTER (Baritone) Elisabeth Schwarzkopf (Soprono) Elisabeth Höngen (Alto) Julius Patzak (Tenor) Singverein der Geselschaft der Musikfreunde in Wien Vienna Philharmonic Orchestra cond. by Herbert von Karajan (Recorded: November & December 1947) ハンス・ホッター(1909-2003) ドイツのオッフェンバッハ・アム・マインに生まれた名バス・バリトン。ミュンヘン音楽院で学び、1930年にトロッバウの歌劇場でデビュー後、プラハとハンブルクで活躍後、1937年からミュンヘンのバイエルン国立歌劇場を中心に活躍し、1938年と1942年に初演されたR. シュトラウスのオペラ『平和の日』と『カプリッチョ』にも出演している。戦後はウィーンをはじめ世界の主要な歌劇場に出演、とくに1952年から60年代にはバイロイト音楽祭の中心的な存在として『指環』のヴォータンをはじめとするワーグナーの楽劇で最高の歌手として名声を高め、コンサートとリート歌手としても活躍した。ホッターは『第9』を1957年にクレンペラー (EMI) とも録音しているが、このカラヤンとの録音は、正規の録音としては第2次大戦後、最初の『第9』録音であった。 |
5. OTTO EDELMANN (Bass) Elisabeth Schwarzkopf (Soprano) Elisabeth Höngen (Alto) Hans Hopf (Tenor) Bayreuth Festival Chorus Bayreuth Festival Orchestra cond. by Wilhelm Furtwängler (Recorded: July 1951, Live} オットー・エーデルマン (1917-2003) ウィーン近郊のブルン・アム・ゲビルゲに生まれ、ウィーン音楽アカデミーで学んだバス・バリトン。1937年にテューリンゲン州立劇場でデビュー、1938年から40年までニュルンベルク市立劇場で活躍した。1947年からウィーンを中心に世界的に活躍して名声を高め、1948年から64年までザルッブルク音楽祭に毎年出演し、メトロポリタン歌劇場にも1976年までしばしば出演、引退後は母校の教授をつとめている。『ドン・ジョヴァンニ』のレポレロ、『マイスタージンガー』のザックス、『ばらの騎士』のオックス男爵に代表される多彩なオペラとコンサート歌手として活躍し、『第9』もフルトヴェングラーとはバイロイト録音のほか、ウィーン・フィル、フィルハーモニア管弦楽団とのライヴ録音などもあり、またカラヤン指揮のフィルハーモニア管弦楽団ともEMIに録音している。 |
6. GOTTLOB FRICK (Bass) Wilma Lipp (Soprano) Marga Höffgen (Alto) Murray Deckie (Tenor) Choeurs Elisabeth Brasseur Orchestre de la Société des concerts du Conservatoire cond. by Carl Schuricht (Recorded: March & May 1958) ゴットローブ・フリック(1906-1994) ドイツのヴュルテンベルク州エルブロンに生まれ、シュトゥットガルト音楽院で学んだ。1927年からシュトゥットガルト歌劇場の合唱団員となり、1934年にコーブルク歌劇場で『さまよえるオランダ人』のダーラントでデビューを飾り、ドイツ各地の歌劇場に出演、1939年から50年まではドレスデン国立歌劇場を中心に活躍した。その後、ベルリン・ドイツ・オペラ、ウィーンとミュンヘンの国立歌劇場を中心にモーツァルトとワーグナーのオペラを中心に名声を高め、1970年に引退するまでザルツブルク音楽祭とバイロイト音楽祭のほか世界の主要な歌劇場にも出演、戦後のドイツ・オペラを代表するバス歌手として活躍した。コンサート歌手としてもすぐれ、宗教曲の録音も多い。『第9』の正規の録音はシューリヒト盤だけだが、ベーム、カラヤンとの1950年代のライヴ録音もあった。 |
7. FREDERICK GUTHRIE (Bass) Gre Brouwenstijn (Soprano) Kerstin Meyer (Alto) Nicolai Gedda (Tenor) Chorus of St. Hedwig's Cathedral, Berlin Berlin Philharmonic Orcheslra cond. by André Cluytens (Recorded: March 1960) フレデリック・ギュトリー (1924-2008) アメリカのアイダホ州に生まれたバス歌手。ロスアンジェルスで学んだ後、1950年からアメリカ各地のオペラ・グループでうたい、1953年にヨーロッバに渡り、ウィーンのエリーザベート・ラドーに師事した。1954年から58年までウィーン国立歌劇場のメンバーとして活躍、その後はフランクフルトをはじめヨーロッバ各地の歌劇場と音楽祭に出演したほか、コンサート歌手としても活躍した。 |
8. JOHN SHIRLEY-QUIRK (Baritone) Sheila Armstrong (Soprano) Anna Reynolds (Mezzo-Soprano) Robert Tear (Tenor) London Symphony Chorus London Symphony Orchestra cond. by Carlo Mario Giulini (Recorded: June 1972) ジョン・シャーリー=カーク (1931-2014) イギリスのリヴァプールの生まれのバリトン。オースティン・カーネギーと往年の名歌手ロイ・ヘンダーソンから正式に声楽を学び、1962年にグラインドボーン音楽祭でデビューした。1964年からイギリス・オペラ・グルーブのメンバーとなり、ブリテンのほとんどのオペラに出演し、ブリテンは最後のオペラとなった『ヴェニスに死す』では彼のために特別に一人七役を書いたほど高く評価した。1970年代からコヴェント・ガーデン王立歌劇場をはじめ世界の主要な歌劇場と音楽祭にも出演して名声を高め、オペラのほかコンサート及びリート歌手としても多彩なレパートリーで活躍している。 |
9. DONALD MclNTYRE (Bass) Ursula Koszut (Soprano) Brigitte Fassbaender (Alto) Nicolai Gedda (Tenor) Philharmonischer Chor München Münchner Motettenchor The Munich Philharmonic Orchestra cond. by Rudolf Kempe (Recorded: May & June 19731 ドナルド・マッキンタイア (1934-) ニュージーランドのオークランド生まれのバス・バリトン。1960年からイギリスのサドラーズ・ウェルズ・オペラ、1967年からコヴェント・ガーデン王立歌劇場のメンバーとして活躍、また1967年からバイロイト音楽祭でも15年間にわたってr指環』のヴォータンやオランダ人などをうたって名声を高め、1970年代からは世界の主要な歌劇場にも出演している。『第9』はこれ以前にもストコフスキーと録音している。 |
10. ROBERT HOLL (Bass) Kiri Te Kanawa (Soprano) Julia Hamari (Alto) Stuart Burrows (Tenar) London Symphony Chorus London Symphony Orchestra cond. by Eugen Jochum (Recorded: February & March 19781 ロベルト・ホル (1947-) オランダのロッテルダム生まれのバス・バリトン。ヤン・ヴェートとダヴィッド・ホレシュテッレに学び、1971年にセルトヘンボス声楽コンクールに優勝後、ホッターにも師事し、1972年にミュンヘン・コンクールに優勝した。翌年からミュンヘンのバイエルン国立歌劇場に所属し、1977年からウィーン国立歌劇場をはじめ世界的に活躍している。オペラのほか宗教曲の独唱者、リート歌手としても定評があり、数多くの録音がある。1996年にはバイロイト音楽祭で『マイスタージンガー』のザックスで成功をおさめるなど、バロックから現代までの多彩なレパートリーで活躍している。 |
11. JOHN TOMLINSON (Bass) Sheila Armstrong (Soprano) Linda Finnie (Mezzo-Soprano) Robert Tear (Tenor) The Philharmonic Chorus The Philharmonic Orchestra cond. by Kurt Sanderling (Recorded: January & February 1981) ジョン・トムリンソン (1946-) イギリスのランカシャー州アクリントン生まれのバス。土木工学の学位をとってからマンチェスター音楽カレッジで学び、1972年にグラインドボン音楽祭でデビューした。1974年からイギリス・ナショナル・オペラ、1976年からコヴェント・ガーデン王立歌劇場を中心にモーツァルトのオペラや『ボリス』、イタリア・オペラなどで活躍、1986年からアメリカやヨーロッバ各地の歌劇場にも出演している。1988年からバイロイト音楽祭でも『指環』のヴォータンをはじめワーグナーの主要な楽劇に出演している。 |
12. PETTERI SALOMAA (Bass) Yvonne Kenny (Soprano) Sarah Walker (Mezzo-Soprano) Patrick Power (Tenor) Schutz Choir London London Classical Players cond. by Roger Norrington (Recorded: 10-12 February 1987) ベテリ・サロマー (1961-) フィンランドのヘルシンキ生まれのバス。ヘルシンキのシベリウス・アカデミーで学び、さらにウィーンでホッター、モスクワでネステレンコにも師事し、1981年にフィンランド声楽コンクールに優勝した。17歳で『天地創造』の独唱者としてデビューしたが、本格的な活動は1983年にヘルシンキ歌劇場に『フィガロの結婚』のフィガロでデビューしてからで、現在、ヨーロッパ各地の歌劇場と音楽祭でオペラやリサイタルで活躍している。 |
13. JAMES MORRIS (Baritone) Cheryl Studer (Soprano) Delores Ziegler (Mezzo-Soprano) Peter Seiffert (Tenor) The Westminster Choir The Philadelphia Orchestra cond. by Riccardo Muti (Recorded: April 1988) ジェイムズ・モリス (1947-) アメリカのボルティモア生まれのバス・バリトン。往年の名歌手ボンセルやモスコーナに学び、1967年のボルティモアでデビュー、1971年からメトロぽリタン歌劇場のメンバーになった。1975年にドン・ジョヴァンニで大成功をおさめてからモーツァルトのほか、イタリアとフランス・オペラのさまざまな役柄で活躍した後、ホッターに師事してワーグナーをレパートリーに加え、1980年代の後半からはメトロポリタン歌劇場をはじめ世界の主要な歌劇場で『指環』のヴォータンなど、ワーグナー歌手としても活躍している。 |
14. BRYN TERFEL (Bass) Joan Rodgers (Soprano) Delio Jones (Alto) Peter Bronder (Tenor) Royal Liverpool Philharmonic Choir Royal Liverpool Philharmonic Orchestra cond. by Sir Charles Mackerros (Recorded: January 1991)) ブリン・ターフェル (1965-) イギリスのウェールズ北部バントグラス生まれのバス・バリトン。ロンドンのギルドホール演劇・音楽学校在学中から各地のコンクールに優勝して注目され、1990年にデビューした。1992年のコヴェント・ガーデン王立歌劇場に『ドン・ジョヴァンニ』のマゼットでデビュー、同年のザルツブルク音楽祭で『サロメ』のヨカナーンで大成功をおさめ、翌年から世界の要な歌劇場と音楽祭でめざましい活躍をつづけている。すでに『ドン・ジョヴァンニ』のタイトル・ロールとレポレロを録音しているほか、コンサート、リート・リサイタルなど、その活躍を最も注目されている名歌手のひとりで、『第9』をアバドとも録音している。 |
15. JAN-HENDRIK ROOTERING (Bass) Margaret Price (Soprano) Marjana Lipovšek (Mezza-Soprano) Peter Seiffert (Tenar) Städtischer Musikverein zu Düsseldorf Royal Concertgebouw Orchestra cond. by Wolfgang Sawallisch (Recorded: 16, 17 & 20 December 1992, Live) ヤン=ヘンドリク・ローテリング (1950-) ドイツのミュンヘン生まれのバス。はじめオランダ出身のテノール歌手だった父に学んだ後、20代の後半からハンブルク音楽大学で正式に学び、1980年からドイツ各地の歌劇場に出演して認められ、1983年からミュンヘンのバイエルン国立歌劇場を中心にウィーン国立歌劇場、メトロポリタン歌劇場などでも、モーツァルト、ワーグナー、R. シュトラウスのバス役を主要なレパートリーにして世界的に活躍している。コンサート歌手としてもすぐれ、1989年のベルリンの壁崩壊後、バーンスタインが世界中の演奏家を集めて開催した『第9』の特別コンサートでもソリストに選ばれた。 |
16. ALAN TITUS (Baritone) Vlatka Oršanić (Soprano) Hana Minutillo (Alto) Glenn Winslade (Tenor) Rundfunkchor Berlin SWF-Sinfonieorchester cond. by Michael Gielen (Recorded: September 1994) アラン・タイタス (1945-) アメリカのニューヨーク生まれのバリトン。コロラド音楽学校とジュリアード音楽院で学び、1969年にワシントンで『ボエーム』のマルチェルロでデビュー、1971年にはバーンスタインに認められ『ミサ』の初演にも参加した。1973年からヨーロッバ各地の歌劇場で活躍、1984年にデュッセルドルフやミュンヘンでドン・ジョヴァンニをうたって大成功をおさめ、1987年からはミュンヘンのバイエルン国立歌劇場を中心に世界的に活躍し、『第9』はシノーポリとも録音している。 |
最終更新:2024年2月4日 | |
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